肺炎レンサ球菌の菌体表層タンパクの機能解析とワクチン抗原の検索

担当: 山口雅也(大阪大学産業科学研究所・共同研究)

 

 

 肺炎レンサ球菌はグラム陽性菌の双球菌で,肺炎の主たる起因菌のひとつとして知られている.また肺炎レンサ球菌は,髄膜炎や敗血症などの致死性の高い疾患を引き起こすことが報告されている.高齢者人口や薬剤耐性菌の増加に伴い,更に肺炎レンサ球菌感染症も増えると考えられる.

 

 肺炎レンサ球菌は,莢膜多糖体に対する抗原性の差異により90種類以上の血清型に分類される.わが国においては,莢膜を抗原とする23価ワクチン (ニューモバックス®NP) が用いられている.これまで23価ワクチンは,副反応に対する懸念から再接種が認められていなかったが,20091018日,厚生労働省の医薬品等安全対策部会安全対策調査会において再接種が承認された.さらに,小児用7価ワクチン(プレベナー®) も同年1016日,日本における製造販売が承認された.これらの行政面における急速な対応からも,肺炎レンサ球菌ワクチンの重要性が推察される.

 

 23価ワクチン,小児用7価ワクチンともに感染する頻度の多い莢膜血清型をカバーしており,高い予防効果が期待される.しかしながら,これらのワクチンは血清型が異なると予防効果が得られにくいという欠点がある.また,先行して小児用7価ワクチンが使用されている米国では,ワクチンに含まれない莢膜血清型の株が分離される割合が高まっているという報告もなされている.そのため,異なる血清型の菌株にも共通性の高いタンパク性の抗原検索が今後のワクチン開発において重要であると考えられる.

 

 

新規付着因子の同定

 

 我々は,これまでにA群レンサ球菌の複数の菌体表層タンパクについてその機能を解明してきた.さらに,これらの新規菌体表層タンパクが,A群レンサ球菌感染症に対して有効なワクチン抗原となる可能性を報告した

 

 また,我々が行った過去の研究より肺炎レンサ球菌と相同性の高いゲノム配列を持つ口腔レンサ球菌の菌体表層タンパクが付着に関与することが示唆されている (文献1).これらのA群レンサ球菌と口腔レンサ球菌の研究から得られた知見をもとに,肺炎レンサ球菌の新規の付着因子を検索した.まず,肺炎レンサ球菌の全ゲノム情報を利用し,菌体表層に局在が予測されるタンパクをコードするオープンリーディングフレームを選出した.

 

 

 この推定菌体表層タンパクのうち,SpR1652のタンパクがヒト宿主成分のフィブロネクチン,プラスミン,プラスミノーゲン,血清アルブミンと結合することからPlasmin and fibronectin binding protein A (PfbA) と命名し,分子生物学的,免疫学的機能解析を行った.その結果,PfbAが菌体表層に局在し,ヒト粘膜上皮由来細胞への付着・侵入,ならびにヒト末梢血中における抗貪食能に関与することが示された.

 また,抗PfbA IgGの添加によりヒト末梢血中における肺炎球菌の増殖を有意に抑制することが示された (文献2)

 

 

 

 

莢膜調整遺伝子の同定

 肺炎レンサ球菌の莢膜は,菌体への抗体や補体の付着を阻害する主たる免疫回避因子である.莢膜が肥厚であると免疫回避に有利にはたらくが,上皮細胞への付着能が低下する.興味深いことに,肺炎レンサ球菌は環境に応じて莢膜量を調節することが示唆されている.一例として,上皮細胞に付着した菌の莢膜量は大きく低下することが報告されている.肺炎レンサ球菌の莢膜調整機構は感染成立過程において重要な役割を果たしていると考えられるが,その詳細については不明な点が多い.

 我々は,肺炎レンサ球菌の莢膜調整因子Negative regulator of capsular polysaccharide synthesis (Nrc) を同定した (文献3)nrc遺伝子は,莢膜血清型2型であるD39株のゲノム上において,莢膜合成遺伝子群の外に位置している.

 

 

 リアルタイムRT-PCRの結果から,nrc遺伝子欠失株では,野生株と比較して莢膜合成遺伝子であるcps2A, cps2E, cps2K, rfbCmRNA量が有意に上昇することが示された.さらに,ELISAの結果から,莢膜の発現量が野生株の約3倍になっていることが明らかになった.これらの結果から,nrcは肺炎レンサ球菌の莢膜発現量を負に調整する因子であることが示唆された.

 

 

関連文献

 

1. Yamaguchi, M., Y. Terao, T. Ogawa, T. Takahashi, S. Hamada and S. Kawabata. 2006. Role of Streptococcus sanguinis sortase A in bacterial colonization. Microbes Infect., 8: 2791-2796.

 

2. Yamaguchi, M., Terao, Y., Mori, Y., Hamada, S. and Kawabata, S. 2008. PfbA, a Novel Plasmin- and Fibronectin-binding Protein of Streptococcus pneumoniae Contributes to Fibronectin-dependent Adhesion and Antiphagocytosis. J. Biol. Chem., 283: 36272-36279.

 

3. Yamaguchi, M., Minamide Y., Terao Y., Isoda R., Ogawa T., Yokota S., Hamada S.  and Kawabata S. 2009. Nrc of Streptococcus pneumoniae suppresses capsule expression and enhances anti-phagocytosis. Biochem. Biophys. Res. Commun., 390: 155-160.