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大阪大学歯学部附属病院総合技工室

大阪大学歯学部附属病院

大阪大学歯学部附属歯科技工学校 同窓会 歯技会

卒業



■ 歯科技工士の仕事
について

日本歯科医師会ホームページ
歯科技工士の仕事内容が
動画で紹介されています。

日歯8020テレビ



■ デンタクト・モデル

視覚障害のある人の口腔健康教育に使用できる口腔内模型
デンタクト・モデル

デンタクト・モデル

2017年度グッドデザイン賞
受賞しました。

グッドデザイン

学校長挨拶大阪大学歯学部附属歯科技工士学校  卒業生からのメッセージ

 本校は、1学年定員がわずか20名ではありますが、現在、卒業生も984名を数え、卒業者のうち教育指導に従事する者は、歯科技工士学校の教務主任や講師として歯科技工士の育成にあたり、その他は、歯学部、病院、歯科診療所、歯科技工所などにおいて歯科医療の一翼を担っており、職場における地位や経験豊富な技術には顕著なものがあります。
ここに当校卒業生のメッセージをご紹介します。

※卒業生の就職状況はこちらをご覧ください。

誇り高きわが母校

中西茂昭 氏大阪大学歯学部附属歯科技工士学校第5期生

中 西  茂 昭

 食べることだけで精一杯だったと聞く昭和23(1948)年、私は奈良県吉野郡で中西家の三男として生を受け、さらに弟ふたり・妹ひとりの6人兄弟、どちらの家庭も苦労なんかは当り前の時代、両親の子たちへの思いが、いまこの年齢になって感謝とともに実感します。
  その後、奈良県天理市の小中学校を卒業、東京オリンピックで記憶される昭和39(1964)年の春、進路を探る時期に親父が同業者の煽りを喰らって倒産、家庭は四散、高校進学は断念、母方の親戚の勧めで当時西日本唯一の歯科技工士養成機関「大阪大学歯学部附属歯科技工士学校」にトライ、願書に添える健康診断書は近所のおじさんが保健所に捩じ込み「将来があるんだから」と書かせ、試験場の堂島までの交通費は「出世払いでいいから」と中学の担任が持たせて下さり、ようやくの受験、高い競争率の一次・二次を何とかクリアし入学。今もあの時のご恩を胸に刻みわが人生の道標としている。

  資格を得て歯科医院と歯科技工所で20年間の勤務修業ののち、歯科技工所を開設し22年の歳月を経ました、いま、札幌・東京・大阪・福岡の80余名の仲間と、明るく元気なそして厳しい職場づくりの毎日が続いています。
  私は現在日本歯科技工士会の会長職を務めています。学卒では始めての会長だそうです。歯科技工士という医療専門職による職能公益社団法人が中核となり、良質な国民歯科医療の確保に資するべく、歯科技工士の環境整備に取り組むことは、とりわけ殆どを国費で学び、資格を与えられた本校卒業生の大きな責務であると思います。

  こんにちの歯科技工界は全国の無数の先達の汗と涙によって築かれました、難産だった歯科技工士法制定以来すでに半世紀、一昨年の記念式典には天皇・皇后両陛下にご臨席賜り、天皇陛下から歯科技工士の50年の貢献を労っていただいたことは感激そのものでありました。会長としてその任を担えたことにただ感謝あるのみ。また歯科技工士が抱える幾多の課題を改善・解決するために、自ら候補者として二度にわたり国政(参議院・比例代表)へも果敢に挑戦しました。それはわが国が法治国家で議会制民主主義であるからであります。

  懇願から主張へと転換し、懸命に尽くせば思いは必ず届きます。かけがえのない歯科技工と歯科技工士の明日を拓くことは社会保障制度の充実に繋がります。 「大阪大学歯学部附属歯科技工士学校」はまぎれもなく私の故郷であり誇りであります。堂島中ノ島から千里の地に学舎は移れど、その建学の精神は脈々と生き、名門の輝きはさらに光彩を放ち続けます。

アメリカでの歯科技工の魅力

小野裕司 氏大阪大学歯学部附属歯科技工士学校第13期生
小 野  裕 司

アメリカでの歯科技工の魅力
  先ずは歯科技工の最新技術、そして高水準の歯科医療に接しやすく、それを身近に体験でき得る環境であるということでしょうか。我々歯科技工士は、技術と知識の習得に日々努力していますが、その積み重ねた努力や才能を生かせる場が無ければ、また、そういう環境に自分をもって行くことが出来なければ、それはとても残念なことです。
  歯科医療環境は、医療制度(政治)、保険制度、技術力、経済力等によって大きく左右されると思いますが、日本とアメリカとを比較して一番の違いは、国民の歯に対する知識と認識度の違いにあると思います。人が相手の履いている靴を見てその人の経済力を計ったりするのと同様、アメリカ人は相手の歯を見てその人の品格、教育度を計ると言われています。そのことからもアメリカでは予防歯科、矯正歯科、審美歯科等が発達している大きな要因と言えるでしょう。
  もう一つの魅力は、一般的にアメリカ人はそれぞれの立場の専門(Expert)に対しての理解と尊重の念を持っていることです。
  我々は“たかが歯科技工士、されど歯科技工士”なのです。我々歯科技工士はこの歯科技工の分野においては誰にも勝る知識と技術を持っているわけですが、そういった専門技術、才能を明確に認めてくれる社会があるという事は我々にとって実に大きな魅力です。歯科医師から我々歯科技工士に治療方針に対する意見や指示、もしくは材料等の質問を受けることが多々あります。しかしそういったことは誰にでも当てはまる訳ではありませんが、努力すればその道のExpertの地位に自分を持ってゆくことが可能な地と言えるでしょう。
  アメリカンドリームとはよく言ったもので、我々のような外国人(移民)にさえ、同じ土俵で戦える機会を与えてくれるアメリカ人の懐の深さをつくづく感じさせられます。

歯科技工のやりがい
  歯科技工士になろうと思うきっかけは人それぞれ違うでしょう。手先が器用だからとか、技術を持っていれば食いっぱぐれが無いからとか、独立をしやすいとか、人に合わせて生きてゆくのが苦手だからとか、色々です。私の場合はこんな仕事があること自体大学受験の直前まで知りませんでした。
  そして本校(大阪大学歯学部附属歯科技工士学校)に入学し、そのうちこの歯科技工という仕事が面白くなり、大志を抱いてアメリカに留学をし、やがてはこの仕事を“天職”とさえ感じられるまでになれた自分を幸せ者だと思っています。もちろん、他に能が無いからこの道一筋で頑張ってこられたのかもしれませんが、歯科技工という仕事は自分の感性、創造性を存分に生かせられる仕事であり、何よりも人の健康に携わる仕事であるという事に、大きな誇りと喜びを見い出しています。
  人間は何か一つは“とりえ”があるはずです。それを自分自身で早く見つけ出し第一歩を踏み出せれば良いのですが、なかなか自信が持てず前に進むことが難しいものです。私はどんな些細な事でもいいから人(一般)より一段上になることを目指し努力することにより、そこから自然と小さな自信が芽生え、そしてその一つの小さな自信が次の更なるステップを作ってくれるものだと信じてやみません。