唾液PRPを介したA群レンサ球菌の咽頭付着機構の分子解析

A群レンサ球菌 (Group A Streptococcus pyogenes : GAS) は咽頭および皮膚より時に分離され,ヒト粘膜組織に感染して咽頭炎,扁桃炎,肺炎,中耳炎,猩紅熱または産褥熱などを発症し,皮膚への感染では膿痂疹や丹毒などを生じる.細菌感染の初歩は宿主細胞への付着で始まる.咽頭粘膜面には粘膜上皮細胞自身の分泌物,鼻汁や涙液などの他に唾液腺を由来とする唾液成分が存在する.このことから,唾液成分もGASの細胞付着に対して影響を及ぼすことが推測される.今回,我々はA群レンサ球菌の咽頭上皮細胞付着に及ぼす唾液高プロリンタンパク (PRP) の影響を検討するため,PRPを介したGAS付着メカニズムを分子レベルで解析した.

・唾液PRPによるGASの粘膜上皮細胞への付着・侵入の促進
単層培養したHEp-2細胞に対してGASは,全唾液成分およびPRP添加により付着菌数および侵入菌数がともに有意に増加した.本実験系に抗PRP抗体を添加すると,PRPによるGASの付着促進作用が阻害され,PRPはGASの咽頭粘膜上皮細胞への付着を促進させることが明らかとなった.
GASの菌体表層に局在するMタンパクやFタンパクを欠失した変異株NY-5においても野生株と同様に,PRPの添加により細胞への付着菌数の増加が認められたことから,本菌の菌体表層にはMおよびFタンパク以外に,PRP結合タンパクが存在すると推測された.


・唾液PRP結合タンパクと菌体シャペロンタンパクGrpEの結合
GAS SSI-9株の8 M尿素抽出画分には,PRPと結合する約28 kDaタンパクの存在がウェスタンブロッティングにより認められた.同タンパクはアミノ酸シークエンスの結果からシャペロンタンパクのGrpEであると同定された.抗GrpE抗体を用いた免疫染色により,GrpEは細胞分裂時の菌体表層分裂割面付近に限局して発現していることが顕微形態学的に示された.GrpE断片の組換えタンパクを用いた解析により,GrpEはN末端側でPRPと結合した.GrpEの3次元構造を推測したところ,N末端側の構造はGAS,大腸菌およびヒトにおいて異なっており, GrpEをターゲットとしたGASあるいは細菌に特異的な薬剤のターゲットとしての可能性も示された.

 

・GrpE欠失株における菌形態の変化と付着・侵入能の低下
GrpEを欠失させた株では菌形態が変化し,野生株に比してHEp-2細胞への付着および侵入能が低下した.さにStreptococcus pneumonia においてGrpEを欠失させた場合でも同様の菌形態の変化を認めた.

以上の結果より,GASの咽頭粘膜付着メカニズムとして,これまで報告されてきたMタンパクやFタンパクなどの分子間接着以外に,新たに菌体表層に発現したシャペロンタンパクGrpEと唾液PRPとの結合を介した付着系の存在が示唆された.