Streptococcus pyogenes の温度感受性線毛産生を制御するサーモセンサーの発見

中田匡宣

 

化膿レンサ球菌の線毛は組織指向性 (皮膚もしくは上気道) に重要であると推察されている.特定の線毛遺伝子領域を有する菌株は,通常の培養温度では線毛を産生しないが,低温培養時に産生する.実際,線毛サブユニットの抗原性はT型別法で用いられてきたが,供試菌体の低温培養が推奨されてきた.これまで,培養温度の低下により線毛遺伝子転写量が上昇することを報告したが,環境温度を感知して線毛遺伝子転写を調節する機構は不明であった.また,本菌のサーモセンサーはこれまで報告されてこなかった.

 線毛遺伝子領域の比較から,関与する分子として Nra を挙げた.Nra は温度感受性線毛産生を呈する菌株のみに認められ,線毛遺伝子に対して正の転写因子として機能した.nraのmRNA量は培養温度の影響を受けない一方,翻訳量は培養温度の低下にともない増加した.nra mRNA 5’領域の推定構造から翻訳開始コドンの約20塩基下流に位置するステムループ構造に着目し,ステムループ構造を融解させるサイレント変異を導入した結果,nra翻訳量と線毛産生量の低下が認められた.したがって,nra mRNAのステムループ構造がサーモセンサーとして機能し,nra mRNAの翻訳量を調節することにより,線毛産生量が制御されることを明らかにした.翻訳調節機構として,環境温度の低下がステムループ構造の安定化を導き,翻訳開始複合体の形成を促進する可能性が考えられた (図1).nraは主に皮膚指向性の菌株に認められることから,本研究で明らかにした温度感受性線毛産生の調節機構は皮膚への菌体定着に寄与することが示唆された.

 

 

(参考文献)
Nakata M, Sumitomo T, Patenge N, Kreikemeyer B, Kawabata S. 2019. Thermosensitive pilus production by FCT type 3 Streptococcus pyogenes controlled by Nra regulator translational efficiency. Mol Microbiol. doi: 10.1111/mmi.14408.