咽頭炎反復症例より分離した化膿レンサ球菌の疫学的・遺伝学的解析


担当:小川 泰治

 

再発性化膿レンサ球菌性咽頭炎
 A群レンサ球菌(化膿レンサ球菌,Streptococcus pyogenes)はヒトに多彩な感染症を引き起こす病原菌である.そのうち,化膿レンサ球菌性咽頭炎は小児科領域で遭遇する頻度の高い疾患であり,治療にはペニシリン等の化学療法剤が用いられる.従来より,再発率が5〜30%にも及ぶと報告されてきたが,未だそのメカニズムの解明には至っていない.

 本研究では,S. pyogenes感染による咽頭炎の再発メカニズムの解明ならびに疫学的・遺伝学的解析に基づいた新規治療法の提案を目的とし,日本国内の複数の医療機関において,咽頭スワブ培養検査により再発性化膿レンサ球菌性咽頭炎と診断された患者由来のS. pyogenes 150株の性状解析を行った.

emm遺伝子型別
 化膿レンサ球菌の血清型のひとつであるemm遺伝子型別を行った結果,emm12,emm1,emm28の順に多かった.これは再発性でない通常の咽頭炎と同様の傾向であった.

バイオフィルム形成
 各菌株のバイオフィルム形成能の評価と比較を行ったところ,emm6株のバイオフィルム形成能が,他のemm遺伝子型に比べ有意に高かった.そこで,emm6株の形成したバイオフィルムに種々の化学療法剤を高濃度で添加したところ,バイオフィルム内部では24時間後も菌が生存していた.一方,抗菌ペプチドLL-37は最小発育阻止濃度以下であっても,バイオフィルムを形成したS. pyogenesに奏効した.

上皮細胞内侵入
 次いで,ヒト咽頭上皮細胞Detroit 562株ならびにヒト子宮上皮細胞HeLa株への細胞侵入能を調べた結果,emm4,emm6,emm75株が有意に高い侵入率を示した.細胞に侵入したS. pyogenesは,培養液中に化学療法薬を添加しても細胞内で生存し,培養液から化学療法薬を除去すると再び上清に移行し生育した. しかしながら,化学療法薬を組み合わせて添加することで生育する菌の割合が低下した.特に,ペニシリンとクリンダマイシンを組み合わせて添加した場合に菌の生育率が最も低かった.

再発と再感染
 初発時と再発時で菌のemm型を比較したところ,49症例のうち11症例でemm型が異なっていた.さらに,speA, speB, speC遺伝子転写の有無および遺伝子型の異なる症例が16例認められた.初発から再発症までの平均期間を比較したところ,初発時と再発時の菌株が一致した再発症例では約18日であったのに対し,初発時と再発時の菌株が異なる再感染症例では約96日と,両者の再発症までの期間に有意な差が認められた.

化学療法剤感受性
 本症の治療に有効とされる種々の化学療法薬に対する供試菌株の最小発育阻止濃度を測定した.その結果,ペニシリンに耐性を示す株はほとんど見られなかったのに対し,エリスロマイシン,アジスロマイシン,クリンダマイシンに対しては半数以上の株が耐性を示した.

 S. pyogenes emm6株の形成したバイオフィルムは高濃度の化学療法薬に対して抵抗性を示したが,同株のバイオフィルムはLL-37により破壊された.また,上皮細胞に侵入したS. pyogenesは培養液中に高濃度の化学療法薬を添加しても細胞内で生存し,培養液から化学療法薬を除去すると再び上清に移行し生育することが示された.さらに,ペニシリンとクリンダマイシンの組み合わせ投与が除菌に有効であることも明らかになった.また,初発時と再発時で菌の遺伝子型の異なる症例が散見されたことから,臨床的に再発と診断された症例の中には,異なる株が再感染した症例も含まれている可能性が示された.以上の結果から,S. pyogenesemm型により異なる性状を呈し,バイオフィルム形成や細胞侵入等の複数の機序により化学療法を回避し,咽頭炎を再発させている可能性が示された.マクロライド系化学療法薬に対する耐性株の割合が高かったことを勘案すると,菌の性状解析に基づいた治療法の選択が重要であると示唆された.

 

文献

1. Ogawa, T., Terao, Y., Sakata, H., Okuni, H., Ninomiya, K., Ikebe, K., Maeda, Y., and Kawabata, S. 2011: Epidemiological characterization of Streptococcus pyogenes isolated from patients with multiple onsets of pharyngitis. FEMS Microbiol. Lett.

2. Ogawa, T., Terao, Y., Okuni, H., Ninomiya, K., Sakata, H., Ikebe, K., Maeda, Y., and Kawabata, S. 2011: Biofilm formation or internalization into epithelial cells enable Streptococcus pyogenes to evade antibiotic eradication in patients with pharyngitis. Microb. Pathog.