肺炎レンサ球菌と赤血球の相互作用の解析

担当: 山口雅也(大阪大学産業科学研究所・共同研究)

 

 

 肺炎球菌は、肺炎や中耳炎の主たる起因菌であり、口腔・咽頭・上気道等より分離されるグラム陽性球菌である。さらに、グラム陽性菌において黄色ブドウ球菌と並び、菌血症・敗血症よりもっとも頻繁に分離される菌の一つである。

 

 侵襲性の肺炎球菌性肺炎における血液培養像では、肺炎球菌と赤血球が結合している像が認められる。病態の本質を明らかにすることを最終目標とし、臨床検体から得られた情報を基に肺炎球菌と赤血球の相互作用の解明を行った。

 

 赤血球に肺炎球菌を添加すると、菌の生育菌数は培養2時間後に約50%以下に低下したが、培養6時間後には10倍以上まで増加した。さらに、鉄イオンキレート剤存在下では、赤血球に添加した黄色ブドウ球菌の増殖は有意に阻害されたのに対し、肺炎球菌の増殖は100倍以上に増加した。一方、赤血球非添加時において、鉄イオンキレート剤は黄色ブドウ球菌の増殖を有意に阻害したが、肺炎球菌の増殖には影響を及ぼさなかった。鉄イオンによってフリーラジカルが産生されることから、赤血球の鉄イオンによる酸化ストレスが菌の増殖を阻害すると仮説を立て、酸化ストレス阻害剤を加えて赤血球添加時の肺炎球菌菌数を算定した。その結果、鉄イオンキレート剤または酸化ストレス阻害剤の添加により、培養2時間後の生育菌数はそれぞれ10倍以上に増加した。これらの結果から、赤血球の鉄イオンが産生する酸化ストレスは、肺炎球菌の増殖を阻害することが示唆された。一方、長時間の培養においては酸化ストレスによる殺菌よりも、赤血球の存在による菌の増殖増加の方が上回ることが示唆された。

 

 次に、肺炎球菌と赤血球を混和した後に走査型電子顕微鏡、共焦点蛍光レーザー顕微鏡による観察を行ったところ、肺炎球菌が赤血球に付着・侵入することが示された。抗生物質を用いた侵入試験から、対数増加期の肺炎球菌は、約10%が赤血球に侵入し、抗生物質による殺菌を逃れることが示された。また、侵入試験の結果から、野生株と比較して細胞壁分解酵素欠失株(lytA株)は3倍以上侵入率が増加し、菌体表層タンパクを細胞壁に架橋する分子の欠失株(srtA株)は39%まで侵入率が低下することが示された。一方、細胞溶解毒素欠失株(ply株)については有意差は認められなかった。リピッドラフト形成阻害剤、アクチン重合阻害剤存在下では約50%まで侵入率が低下した。これらの結果から、肺炎球菌の赤血球侵入機構に、菌体表層タンパクとリピッドラフトならびにアクチンリモデリングが重要な役割をはたすことが示唆された。また、補体非働化ヒト血清を加えた好中球殺菌試験では、肺炎球菌の菌数に差は認められなかったが、新鮮ヒト血清添加時には、培養3時間後に赤血球添加群が赤血球非添加時と比較して生存菌数が3倍以上に増加した。H2O2による殺菌能は、赤血球の添加により80%以上抑制された。

 

 以上の結果から、赤血球の鉄イオンが産生するフリーラジカルにより一部の肺炎球菌は殺菌されるが、殺菌を逃れた菌は赤血球に侵入し、宿主の免疫機構や抗生物質による殺菌を回避する可能性が示された。

 

 

【参考文献】

1) Yamaguchi M, Terao Y, Mori-Yamaguchi Y, Domon H, Sakaue Y, Yagi T, Nishino K, Yamaguchi A, Nizet V, Kawabata S. Streptococcus pneumoniae invades erythrocytes and utilizes them to evade human innate immunity. PLoS One. 2013, 8:e77282.