歯科保存学教室

研究内容

当教室では、以下の研究を行っています。

 

 

量子ビーム技術PIXE/PIGEによる「削らない」う蝕治療の実現

 

 

う蝕(むし歯)はヒトが最も高頻度に罹患する感染症であり続けており、歯のエナメル質や象牙質を構成するハイドロキシアパタイト成分が、細菌が産生する酸で溶出して進行します。う蝕の「脱灰」と「再石灰化」を繰返すダイナミックな過程において、歯を構成するCa、F、Sr、Zn、P、Cuなど種々のイオンの機能を最大限に発揮させることにより、う蝕から自己防御あるいは自己修復する「バイオミネラリゼーション」は理論的には可能です。しかし現状は、う蝕への関与が示唆されているそれぞれのイオンの動態および機能の詳細は未だに解明されていないため、う蝕治療は画一的に「削って詰める」という旧来の手法から全く進展を見ないままです。
 本研究では、「削って詰める」という従前の歯科臨床を、バイオミネラリゼーションを基軸とした生物学的なう蝕予防・治療へと大きく変換させるという理念のもとに、量子ビームを応用した原子・電子レベルの超精密構造・機能解析によって、う蝕の発症および進行抑制にCa、F、Sr、Zn、P、Cuといった歯質構成元素が如何なるメカニズムで奏功しているかを解き明かすことをねらっています。研究内容

 

バイオミネラリゼーション・メカニズムに基づく高齢者のう蝕予防・治療法の開発

 高齢者のう蝕は増加の一途をたどっており、解決すべき喫緊の課題となっています。これまでに、う蝕の評価法として特性 X  線およびγ線を応用し、非破壊にてミネラル元素の連続定量・定性法を確立して、各元素のう蝕進行抑制の効果を検証してきました。一方、う蝕の進行や歯質の評価には、ミネラルのみならずコラーゲンの性質が影響していることも明らかにしています。本研究では、高齢者のう蝕の特質をふまえて、「水溶浸透性カルシウム添加による超効率的石灰化の実現」、「分子間架橋形成によるコラーゲンの強化」、「分解酵素の不活性化によるコラーゲンの保護」、の観点から歯のバイオミネラリゼーションを促進して、従前の「削って詰める」治療から脱却し、生物学的な高齢者のう蝕の予防・治療法の確立を目的としています。研究内容

失活歯の効果的な補強方法の探索

 失活歯の歯根破折は、長年にわたって解決すべき臨床課題です。歯根破折の発生には多くの要因が関与しているが、支台築造法も重要な因子の一つです。近年は、歯質保存的で補強効果が期待できる支台築造法として、弾性係数が象牙質に近似したファイバーポストと象牙質接着システムを併用したレジンコアが普及してきました。しかし、修復処置を繰返し受診するなどして、残存歯質が少なくなった失活歯の補強に関しては、十分に研究されていないのが現状です。
 我々は、菲薄化した失活歯を効果的に補強することを目的として、スリーブ状、放射状、CAD/CAMディスクなど様々な形状のファイバー材料と接着性レジンのコンビネーションによって破壊抵抗性が最大となる支台築造法を、静的・動的破壊試験、および有限要素法解析より探索しています。研究内容

データマイニング手法を用いたカリエスリスク予測

 う蝕のマネジメントにおいて、リスクアセスメントは必須であり、その情報をもとに、患者それぞれに適したメインテナンスシステムを提案することとなります。これまでに、小児のリスクアセスメントは数々の提案がなされてきましたが、大人に関しては十分に検討されているとは言えません。
 我々は、定期的なメインテナンスを実施している臨床歯科医のデータを収集し、閾値をもってリスク因子を特定する、データマイニングの手法にて、う蝕のハイリスク群とローリスク群を識別することに成功しました。大人のう蝕リスクアセスメントでは、初発う蝕と二次う蝕を別に分析することが肝要であることが示されました。また分析結果から、定期的なメインテナンスにて初発う蝕は予防可能であり、可能な限り修復を行わずにう蝕マネジメントを提供することが、う蝕ローリスクであり続ける鍵であることが分かりました。研究内容

免疫・骨代謝の賦活化による治癒促進を狙った次世代根管貼薬剤の開発

 日々の臨床で良く遭遇する、根尖性歯周炎発症の起因としては、根管内に潜むバクテリアの宿主内への侵入が挙げられます。すると、抗原提示細胞がバクテリアなどの侵入をT細胞に知らせ、T細胞は、サイトカインを産生します。このサイトカインは、B細胞に働き、抗体を産生させ、バクテリアを駆逐します。一方で、T細胞によって産生されたサイトカインは、破骨細胞にも働き、歯槽骨を溶かします。その結果、根尖病変を形成します。このように根尖性歯周炎は、免疫応答と骨代謝の2つの因子によって生じます。そして、これら免疫応答と骨代謝は、細胞内シグナル伝達経路によって制御されています。ところで、現在の一般的な根管治療は、機械的な根管清掃と根管貼薬剤による根管内の無菌化を目指し、根管充填を行います。それに対して、私たちは、免疫応答と骨代謝を制御するシグナル伝達経路を賦活化する根管貼薬剤にて貼薬後、根管充填するという新しい治療法を確立するために、免疫応答・骨代謝を賦活化するバイオアクティブな根管貼薬剤を現在、開発しています。研究内容

象牙質・歯髄複合体を再生しうる間葉系幹細胞分離法の開発

 

研究内容
 象牙質・歯髄複合体を回復する治療法として、幹細胞による組織再生療法が有効であると提唱されてはいますが、完全には確立されていません。その一つの要因として、間葉系幹細胞の正体が判明していないことが挙げられます。私たちは、間葉系幹細胞の分離には、複数の細胞表面マーカーを利用しての何段階かの精製ステップが必要であると考えました。そこで、第一段階の幹細胞濃縮法の開発に着手し、図に示すような新規幹細胞集団の精製法を見出しました(Itoh S et al., J Cell Biochem, 2009)。この新規幹細胞を用いた細胞移植実験をおこなったところ、濃縮前の細胞集団(BMSC)に比べて、硬組織再生能が100倍も高いことがマイクロCT解析で明らかとなりました。この解析結果から、この新規幹細胞集団は、非常に高い硬組織再生能をもっていることから、便宜的に HipOP(Highlypurified Osteo-Progenitors)と命名しました。私たちは、この新しく見出した濃縮間葉系幹細胞集団(HipOP)を用いて、セルソーターによる幹細胞単離法を開発しています。

 

歯髄の創傷治癒メカニズムの解析

 Mineral trioxide aggregate (MTA) は直接覆髄剤として広く歯科臨床に受け入れられていますが、硬組織形成を特徴とした創傷治癒メカニズムは未だに明らかとなっていないため、理想的な覆髄剤とは言えません。このことは直接覆髄剤の臨床成績が100%ではないこと、直接覆髄処置が一般臨床家で実施をためらわれる一因となっています。我々は歯髄の創傷治癒メカニズムを解明し、治癒メカニズムに基づいた覆髄剤開発を展開しています。窩洞形成後の歯髄における遺伝子解析を網羅的に行った結果、細胞外マトリックスの分解酵素として中心的な役割を持つMMP分子が特異的な発現を示し、MMP分子が象牙質の有機成分である象牙質基質 (Dentin matrix component, DMC)に作用することで、歯髄の創傷治癒を促進していることを報告しました(下図)。

 さらに展開を進め、MMPにより分解を受けた象牙質基質中に含まれる歯髄創傷治癒促進因子を液体クロマトグラフィーを用いて4つの候補因子まで絞り込むことに成功し、これらの因子が歯髄の創傷治癒を促進することを見出し、各々の分子の歯髄組織に対する影響分子生物学的な手法を応用して詳細に検討しています(下図)。

 

生物学的覆髄剤の開発

 我々は同定した4因子の立体構造解析および歯髄細胞の標的受容体を突き止めることで、歯髄創傷治癒メカニズムに基づいた覆髄剤開発を進めるとともに、覆髄剤として応用する際の有効な担体の模索や実際に直接覆髄が行われる臨床環境である、う蝕や歯髄炎を人工的に発生させた動物モデルを開発も進めているとともに、既存材料を改良することで歯髄細胞に与える影響を評価することで上記とは異なる側面から歯髄の創傷治癒に迫る研究を実施しています。

 

歯科用ドリルの快音化をめざした研究

研究内容
 歯科ドリルは歯の治療に欠かせない機器である一方で、発生する音は二人に一人が不快に感じているといわれています。この歯科特有の音に対する不快感は歯科受療行動の阻害因子となっており、歯科での快適な音環境の提供は重要な課題です。当教室では、「歯から伝わる音信号」に着目した患者の不快感軽減をめざした研究をすすめ、歯の切削時に患者が知覚する骨導および気導切削音の同時計測システムを構築して、心理的、物理的、機械的な検討を行っています(図)。

 

オンデマンド「食リズム」測定・評価システムの開発

研究内容
 健康寿命の延伸に向けて、歯と口の健康を守り、食べ方を通した食育の重要性が高まっています。厚生労働省においてスローガン「噛ミング30(30回噛みましょう)」が提唱されており、万歩計や携帯型心電計のように「食」を客観的にとらえることが求められています。当教室では、食行動全体を「食リズム(食事中の咀嚼回数・リズム、噛む力、飲食の頻度や総時間)」という新たな概念でとらえ、骨導を利用した食リズムを記録できる新たな測定法(図)および評価システムの開発をめざしています。

 

デンタルバイオフィルムの形成メカニズムの解析と制御法の確立

研究内容
 う蝕や歯周病といった口腔感染症の主因であるデンタルバイオフィルムについて多面的な研究を実施しています。効果的なデンタルバイオフィルム制御法の確立を目指し、さまざまな条件下におけるデンタルバイオフィルム形成の実態を組織・形態学的に検索するとともに、分子生物学的手法により多面的に解析しています。

 

Wake N, Asahi Y, Noiri Y, Hayashi M, Motooka D, Nakamura S, Gotoh K, Miura J, Machi H, Iida T, Ebisu S, Temporal dynamics of bacterial microbiota in the human oral cavity determined using an in situ model of dental biofilms, npj Biofilms and Microbiome, 2:16018, 2016.

 

根面う蝕におけるバイオフィルム細菌叢の解明と抑制法の確立

 根面う蝕病変より採取した臨床サンプルを解析することで、根面う蝕に関連する細菌叢を解明します。さらに、根面う蝕を模倣したin situバイオフィルムモデルを確立し、根面う蝕に効果的な抑制法を検討します。

 

難治性根尖性歯周炎における細菌バイオフィルムの実態検索と抑制・治療法の開発

研究内容
 通常の根管治療を行っても治癒しない難治性根尖性歯周炎の原因のひとつとして、根尖孔外に形成されたバイオフィルムが関連するという報告があります。そこで、in  vivoにて根尖孔外バイオフィルムを実験的に形成させ、難治性根尖性歯周炎の発症機序について検索します。また、実験的に作製した根尖病変に対し、新規薬剤などを適用し、難治性根尖性歯周炎に対する新規抑制法・治療法につながる研究を行っています。

 

 

Yoneda N, Noiri Y, Matsui S, Kuremoto K, Maezono H, Ishimoto T, Nakano T,  Ebisu S, Hayashi M. Development of a root canal treatment model in the rat. Sci  Rep. 12; 7: 3315, 2017.
Kuremoto K, Noiri Y, Ishimoto T, Yoneda N, Yamamoto R, Maezono H, Nakano  T,  Hayashi M, Ebisu S. Promotion of endodontic lesions in rats by a novel  extraradicular biofilm model using obturation materials.   Appl Environ Microbiol. 80: 3804-10, 2014.

 

P. gingivalis による免疫抑制メカニズムの解明

 Porphyromonas gingivalisは、辺縁性および根尖性歯周炎の慢性化に関わる主要な病原性細菌として注目されています。また近年では、これまで細胞外でのみ増殖す研究内容ると考えられていたP.gingivalisが細胞内に侵入することで宿主の免疫系を回避し、病態を進行・遷延化させている可能性が示唆されており、その細胞内における動態の解明が急務となってきています。
細胞内に侵入した病原体に対する宿主側の感染防御には、インターフェロンによって誘導される免疫機構がきわめて重要であることが知られています。例えばインターフェロンの一種であるIFN-γ(インターフェロン-ガンマ)はマクロファージを活性化して約2,000種類の遺伝子発現を誘導し、これらの誘導された分子群が細胞内の病原体排除に重要な働きをします。
 私たちが行った予備実験の結果から、P. gingivalisが歯肉上皮細胞において様々なインターフェロンシグナル関連遺伝子の発現を抑制することが明らかになりました(図)。
 これらを背景に本研究では、「P. gingivalis がいかにしてインターフェロンシグナルの抑制するのか」、そして「P. gingivalis による宿主免疫の抑制が具体的にどのように疾患の進展や遷延性に寄与するのか」という問いを究明することで、P. gingivalis による歯周疾患の病態形成を促進させる新規メカニズムの解明を目指しています。

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